2/11 戦国武将・明智光秀が築いた「坂本城」の発掘調査で、30メートルにわたる石垣などが見つかり、現地説明会が開かれました。
戦国武将の明智光秀が琵琶湖畔に築いた大津市の坂本城跡(16世紀後半)で、長さ約30メートルの石垣や堀が見つかったと大津市が2月7日発表しました。坂本城は地上の痕跡が残っておらず、絵図もないため「幻の城」とされていました。今回の発見は、専門家によると城の実態解明につながる大きな発見だと評価しています。
坂本城は、1571年に比叡山を焼き打ちした織田信長が、支配拠点として光秀に築城させます。しかし、ほとんど城の痕跡が残っておらず信長の安土城に次ぐ、光秀の「幻の城」として注目されてきました。
ポルトガル人宣教師のルイス・フロイスによると、豪華壮麗さを「安土城に次ぐ」と評しました。1582年の本能寺の変の後に焼失しますが、丹羽長秀によって再建され、大津城築城にともなって移築、廃城になったとされます。詳細な記録は少なく、規模などはわかっていませんでした。
そうした中、今回宅地造成のため、昨年10月から大津市が約900平方メートルを調査をしました。調査中、高さ約1メートルの石垣が、長さ約30メートル分出土しました。自然の石を使った野面(のづら)積みで、もとは約1・5メートルの高さだったと推測しています。
堀は幅約8メートル分が確認され、櫂(かい)とみられる木材も出土しました。小舟が、琵琶湖畔と外堀を行き来していた可能性があるといいます。
発掘現場は本丸推定地の湖岸から西に約300メートルの場所。三の丸の石垣と外堀とみられることから、城の規模の推定にもつながるといいます。
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